2013.11.13

「『助けて』と言える国へ」(奥田知志 茂木健一郎著)

 奥田知志さんは、茂木健一郎氏がキャスターをつとめるNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」に2度出演している。それ以来、2人はさまざまな場で対話を重ねているという。この本は2人の対談を収録したもので、最終章は奥田さんの書き下ろしになっている。奥田さんは、NPO北九州ホームレス支援機構の理事長であり、本職は牧師である。彼の長年にわたるホームレス支援の活動は深い宗教的信念に基づいている。前著「もう一人にさせない」(いのちのことば社)でも、この本でも、キリスト教者としての信条が随所で語られている。
 市川で、ホームレス支援団体「市川ガンバの会」との連携による生活困窮者向け住宅の建設が始まったが、その準備段階で奥田さんの講演会を開催した。「筋金入り」というのは、彼のためにある言葉ではないか、それが私の奥田評である。市川ガンバの会の副田理事長はバプティスト派牧師の先輩になる。

 ちょうど今日、生活困窮者自立支援法案が参議院で可決し、衆議院に送られた。この法案は生活保護申請手続きの厳密化などを定める生活保護法の改正案とセットになっていることもあり、一部に反対の意見もあるが、奥田さんも私もこの法案は何としても成立させなければならないと思っている。失われた20年といわれるが、そこで失われたのは経済成長ではない。グローバリズム、市場至上主義のもと、人がモノ化されてきた。多くの人たちが孤立を深め、社会的に排除されてきた。この法案は、この国のあり方を「排除」から「包摂」へ転換する貴重な道具なのだ。法案の特徴を一言で言うと、「からっぽ」、詳しいことは何も書いていない。裏返して言うと、地方自治体や私たちの意思でいかようにも料理できる法律だということだ。だから、生かすも殺すも、私たちにかかっている。

奥田さんの書き下ろし章「絆は傷を含むー弱さを誇るということ」から

「エサ取り」は、路上でよく耳にする言葉だ、ある親父さんは7年間の野宿生活を終えアパートに入られた。その日彼は「私は今日、人間に戻りました」と言った。「昨日までの私は、道端でゴミを漁っている犬とか、猫、あれですよ、あれ」と彼は言うのだ。食事を「エサ」と言う、その言葉の奥に、「おれは人間なのか」という絶望的な問いがある。           公衆の面前で眠り、コミ箱を漁り、排泄をする。野宿生活は、住、職、食、金がない生活である。しかし、それ以上に人間であることが削ぎ落されていくのが野宿である。       それは、決して野宿当事者の個人的な認識の問題ではない。一方に、路上の人々を犬猫扱いし、彼らに「エサ」と言わしめた社会がそこにあったと思う。(p212)

 来る日も来る日も残飯を漁って食べていました。「エサ取り」と言って、わずかな食料を奪い合うように食べていました。そんな状態で何カ月か経ったある時、病気になって道端で倒れていました。通りがかりの人が救急車を呼んでくれたようで、気がつけば病院のベッドの上にいました。そうしたらね、看護師さんは親切で、お医者さんも親身になってくれました。役所の人も来てくれた。NPOの人もやってきて相談に乗ってくれました。あのね、おじさん自分で頑張るしかないと思って生きてきたんだけど、この世には助けてくれる人はいたんだよ。「助けて」と言えた日が助かった日だったよ。親父さんは集まった子どもたちに語りかけた。子どもたちの多くが目に涙をためて聴いていた。司会の私が「みんなも、学校で苦しいことや悲しいこと、もう、死んでしまいたいと思うことがあったら「助けて」と言っていいんだよ。「何を甘えているんだ」という人もいるよ。でもね、うちにおいでと言ってくれる人は必ずいる。「助けて」と言いなさい。」と言うと、涙をこぼす子どもがいた。(p244)