2013.04.19

主権回復の日

 4月28日に開催される主権回復の日式典に関し、疑問、反対の声が広がっている。何と言っても、沖縄県民が反対している。1952年4月28日は、サンフランシスコ講和条約が発効した記念日である。連合国の占領状態を終結させ、主権が回復した日であることは間違いない。しかし、その対象から外され、アメリカの施政権下に置かれた沖縄にとってはまさに「屈辱の日」であった。現在の時点で、条約締結の政治的な選択の是非を云々することは非常に難しい。当時、単独講和か全面講和かは議論が分かれた。サンフランシスコ講和条約の締結に加わらなかったのは、ソ連、中華人民共和国などのいわゆる共産圏諸国が主であり、講和方法の議論は共産圏諸国への評価と分かちがたくつながっていた。以後の長い冷戦時代、ベルリンの壁崩壊、ソ連をはじめとする社会主義諸国解体の歴史を振り返れば、単独講和路線が間違っていたとは言えないだろう。
 講和条約に続いてアメリカとの間で締結された日米安全保障条約については、さらに評価が分かれた。全権委員の池田勇人が同席すると希望したことに対し、吉田茂首相が、「君の経歴に傷がつく」として、一人で条約締結の場に向かったという有名な逸話があるほど、大きな問題を抱えた条約だった。実際、60年、70年の条約更新をめぐって大きな騒乱が起きたことは記憶に残っている。しかし、奇跡と言われた日本の高度成長が、国防をアメリカに委ね、その庇護のもと、ひたすら経済成長に力を傾注してきたことに因るのは事実である。吉田茂の苦渋の決断を軽々に批判できない。

 しかし、しかしである。それは沖縄を犠牲にすることによって可能になったことは疑いようがない。地上戦によって20万人近い日本人が死に、その半数が民間人という壮絶な戦いの場となった沖縄をアメリカに差し出しての講和だったのだ。その後、米軍に私有地が次々と強制収用され、日本国土の0.6%しかないにもかかわらず、米軍基地の75%が集中するという状況が今なお続いている。また、地位協定により、米軍人の犯罪を正当に裁くことができないという不条理が繰り返されている。

 私たち日本人は、この事実を厳粛に受け止めなければならない。日本の今は、沖縄を犠牲にしたことによってあると言っても、決して過言ではないのだ。そして、私たちは、現在、普天間基地の移設問題に対して沖縄の人たちが納得する解決策を見いだせていない。本土と沖縄の気持ちのズレは、かつてないレベルにあると言って良いだろう。

 そこに「主権回復の日式典」である。沖縄の人々が強く反発するのは当然というべきだ。

私は、この式典を提唱した野田毅衆議院議員が述べている趣旨には基本的に賛成だ。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130320/stt13032022540004-n2.htm

 野田氏は「お祝い会ではない」と言っている。おそらく安倍首相の式辞でも沖縄の人々の気持ちに触れるだろう。しかし、やはりお祝い会としての性格を払しょくできるとは思えない。野田氏は、「政府式典を開いた後は全国で学習会をやっていきたい。資料を読んだり、話を聞いたり、自分の頭で考え、意見交換する機会をもってほしい。外国がした総括をめぐって、イエス、ノーと国論が分かれているのは悲しいじゃないですか。」と言う。基本的に賛成だ。式典は止めて、学習会を各地で開けばよい。戦争と戦後の総括を我々は避けてきた。それをやらなければ、この国の今の惨状を解決する真の手立ては見えてこない。

 今年の式典はいまさら辞めることはできないだろう。是非とも、1年こっきりにしてほしい。