2013.01.28

市民ネット新年交流会と花

 昨日は、八街での花入れを終えた後に、市民ネットワーク千葉県の新年交流会に参加した。来賓あいさつで「日本社会の座標軸が右にずれてきている」と発言した。詳しく話す時間がなかったので、その意をこのブログで書いてみたい。
 憲法改正に執念を燃やし、国防軍の創設を公約する安倍政権ができたことが、右傾化という意味ではもっともわかりやすい現象だが、座標軸が右に移動しているというのは、そのことだけではない。みんなの党、維新の会の理念は、経済政策としては新自由主義、小さな国家、自己責任社会を基調にしている。私が「右」と規定するのはまさにそうした理念のことなのだが、安倍自民党、みんなの党、維新の会は、この理念を共有する勢力と言って良いだろう。仮にこの3党が連立を組めば366議席、実に衆議院の4分の3を超える。自民党大勝は小選挙区制のトリックと言われるが、3党の得票率を合わせるとおよそ56%、過半数を占めることになるのだ。では、私にとっての「左」とはどういう理念をいうか、一言で言えば社会民主主義である。新自由主義、市場万能主義に対して社会的市場主義、所得再分配機能の強化による社会的包摂(当然、ある程度大きな政府にならざるを得ない)、市民の力を強めて、地域分権型社会をめざす、などがその理念だ。では、その「左」側に位置する政治勢力はどこか、公明党、社民党、生活、ちょっと違うが一応共産党もこちらの部類に入れておこう。民主党は、右から左までまったく理念が異なる人たちの寄り合い所帯だから、どちらにも入れようがない。

 4党を合わせても50議席にしかならないのだ。50対366、これが実態だ。しかも、社民、生活、共産党とも、今後飛躍的に党勢を高めるとは到底思えない。

 昨日、橋本大阪市長が、桜宮高校体育系の入試中止について、テレビで自説を述べていたが、私は、彼の発言にほぼ全面的に共感した。一人の生徒が自殺したという事実に対して、教師も、教育委員会も、生徒も、保護者もその重さを認識していないという、批判を恐れぬ明快な主張に、しびれた。「右」の代表的スターの輝きに対して、「左」にそうした人物がまったく現れない。英雄待望は危険だということはわかっているが、「右」側ばかりに偏在しては、左右の差は広がるばかりではないか。テレビを見ながら、気持ちがドッと落ち込んだ。

 「右」傾化は、さまざまな世論調査結果からも感じられる。専業主婦志向が高まっていること、「助けを必要な人に対して、みんなで支える社会でありたいと思うか」(正確な設問ではないが、大筋、こういう趣旨だった)という国際的な比較調査で、日本は諸外国と比べてYesと答える比率がかなり低い結果が出たこと(誰か、この調査結果の詳しい情報を持っていたら教えて下さい。かなりショックを受けた調査結果だったのですが、データを保存し忘れました)など、など。

 どうすれば、この流れを押しとどめられるのだろうか。

さて、昨日の花

             百合、フリージア、コデマリ、ネコヤナギ

 カラー、 レモンリーフ、マトリカリア、先週使った赤い百合(右側中央につぼみが見える)

          桜、スイトピー、コデマリ、先週のチューリップの生き残り

      チューリップ、ガーベラ、スイトピー、ストック、ヒペリカム、麦、ドラセナ