2014.06.01

昨日の花、ついでに「残業ゼロ」

安倍政権は、「残業ゼロ」を本気で進めるつもりのようだ。グローバリゼーションは、この国の職場環境を大きく変えた。バブルがはじけた90年代からの20年間を「失われた20年」と呼ぶが、失われたのは、働く人の「職場」というセーフティネットだった。しかし、今や、職場の様相は大きく変化した。かつて「固定費」とされた人件費がコスト削減の最大要因とみなされるようになり、派遣等の非正規労働者の比率が35%を超える事態になっている。セーフティネットの機能を失ったというのは、雇用保険等の社会保障、福利厚生の恩恵に浴する対象者が減ったというだけではない。職場は過酷で理不尽な競争の場と化し、心を病む人たちが増大してきたのだ。職場は、人間としての尊厳を蹂躙される場になってしまったのだ。次々とブラック企業と呼ばれる大企業の実態が明らかになってきた。この国には、グローバルな競争に打ち勝つために、働くものの人権を奪うことを平気でやってのける経営者が少なくないのだ。業界団体も、企業の社会的責任など眼中になく、政府に対してひたすら競争条件の緩和を要求する圧力団体と化している。
この国はそういう国なのだ。その国で「残業ゼロ」を実施したらいったいどうなるのかは、素人にもわかる。なにより、残業ゼロの要求は、働く側からではなく、経営者から提起されている。企業にとって都合がよい制度なのだ。対象を幹部候補生に限定するという。「幹部」ではなく「幹部候補生」なのがミソだ。「候補」なら、今年入った新入社員だって「候補」であり得る。また、本人が選べるようにするとも言う。企業は残業ゼロを推進したいのだ。それがわかっていて、そちらを選ばないということは、キャリアアップを断念することに等しい。出世の道を断念するか否かの選択を迫るということなのだ。

連合は、絶対反対の意思を表明している。当然だ。この国の職場がここまで殺伐としてきた要因の一つは、労働組合の力が弱まったことだ。真に助けを必要としている労働者の側に立ちきれてこなかったことが、組合組織率を漸減させてきた。今こそ、労働組合の価値を働く者に示すときではないかと期待している。

さて、昨日の花、実は、昨日、いつも花材を用意してくれているTさんと妻が、2人で花入れに行ってくれたのだ。おかげで、私は楽ができている。今回の花は、鶴首の一輪挿し以外は、そのTさんが生けてくれた。

ドウダン、グロリアサ、グラジオラス、モンステラ

バラ、アンスリューム、リョウブ、ナスタチューム、ギボシ

芍薬、手毬草、鳴子ユリ

ミニバラ