2015.02.01

昨日の花

人質事件が悲劇的な結末になってしまった。湯川さん、後藤さんに心から哀悼の意を表します。事件に対しさまざまな思いと意見がありますが、書くことは控えます。朝日新聞、論壇時評の高橋源一郎氏の記事の一部を紹介します。
「同時代の誰よりも鋭く、考え抜かれた意見の持ち主であったにもかかわらず、スーザン・ソンタクは、意見を持つことに慎重だった。。

『意見というものの困った点は、私たちはそれに固着しがちだという点である…何ごとであれ、そこにはつねに、それ以上のことがある。どんな出来事でも、ほかにも出来事がある』

 そこにはつねに、それ以上のことがある。目に見えるそれ、とりあえずの知識で知っているそれ。それ以上のことが、そこにはある。そのことを覚えておきたい。」

人質事件に限らず、最近、NHK等の報道番組で、報道内容に対するツイッターの意見、感想をテロップで流すことが多くなっていますが、強い違和感を覚えます。アナウンサーや識者が語るニュースや論評に対して、ほぼノータイムでたくさんの意見が寄せられ、垂れ流されます。せめて一呼吸、「そこにはそれ以上のことがあるのではないか」と意見表明を思いとどまる見識が必要ではないか。「双方向性」の名のもとに、マスコミが、人々が沈思する能力を減退させてはばからないでいることに、吐き気がするほどの嫌悪感を持ちます。

さて、昨日の花です。

啓翁桜、ムシカリ、雪柳、ニシキギ、ラナンキュラス、スマイラックス

先週生けた椿、青モジを短くして使いました。

左は銀目柳、椿、右はアリウム、グラジオラス、麦に、先週の残り物

ユーカリとクッカバラです。

フリージャ