2012.09.17

生活クラブ山形創立50周年

 昨日書いたように、一昨日は、生活クラブやまがた創立50周年の式典に参加してきた。生協の役職を降りて8年になるので、この種のイベントに招待されることはほとんどないのだが、今回は「特別講演」を依頼されたのだった。

 生活クラブやまがたは、「結いのき」というNPOをつくり、認知症対応のグループホームを運営している。その際に、千葉の特養風の村(現、特養ホーム八街)を参考にして下さり、千葉に学んだから福祉事業に取り組むことができたと言ってくださる。昨年オープンした「生活クラブいなげビレッジ虹と風」にも、おおぜいで見学に来て下さった。そんなことから、私を呼んで下さったのだと思う。

 依頼があった時、50周年という数字に驚いた。「やまがた」が生活クラブグループの仲間になったのは1998年、比較的新しい。しかし、生活クラブが産声を上げたのは1965年、東京に「生活クラブ」という女性組織(生協になるのはその3年後)ができたのが最初で、「山形」はグループ中もっとも古い歴史を持つ生協だったのだ。長い歴史と伝統を持つ生協が生活クラブグループに加入し、名称を米沢生協から生活クラブやまがた生協に変更するに際しては、多くの反対意見もあったのではないか。生活クラブの一員になる決断をしてくれたことに、あらためて敬意を表し、また、感謝したいと、式典に参加して心から思った。

 「やまがた」は、阪神淡路大震災のボランティア活動を積極的に行なったのだが、それを機に「ボランティア山形」という組織が誕生した。この組織が、東日本大震災でフル稼働した。宮城、岩手の被災地にいち早く支援物資、ボランティアが向かった。特に、県境の山を越えて押し寄せた福島第1原発の被災者に対する継続的支援が現在に至るも続けられている。生活クラブ風の村では、この活動に深く感動し、ボランティア山形の中心人物、「やまがた」の前理事長を招いて講演してもらい、今後の災害ボランティア活動指針づくりにつなげている。

 なにより参考になるのは、行政や多数の民間機関と連携して、支援が分厚いネットワークを構築していることだ。このようなダイナミックなネットワークを構築しているのは、生活クラブグループの中で他に例がないと思う。生活クラブグループの中には、「やまがた」と同様、地方都市型の生協が多くあるが、地域社会の中で確かな存在感と影響力を高めて行くためには、「やまがた」を参考にするところが大きいのではないか。千葉は都市型ではあるが、やはりたくさん学ぶことがあった。今後は、これまで以上に交流を深めていきたい。