2011.12.26

土、日、月

 土曜日は、NPOぬちゆい(命結)設立の打ち合わせに、千駄ヶ谷のトキコプランニングへ。加藤登紀子さんは、最近、「ぬちゆい」というCDを発売した。「ぬちゆい」は命と結という2つの単語を沖縄の方言で読んだもので、登紀子さんの造語。震災後の日本にとって大切な言葉だと思う。福島の子どもたちを応援するNPOづくりを目指していきたい。

 日曜の夜は、その登紀子さんが39年間続けてきた「ほろ酔いコンサート」を観に有楽町のよみうりホールへ。1972年からということになる。私は、1970年に1年足らず、学生アルバイトで登紀子さんの運転手をやっていた。知床旅情が大ヒットしていた頃で、地方公演のとき以外は、東京、首都圏のテレビ局、ラジオ局、コンサートホールなどを駆け回った。その結果、大学の単位を軒並み落としてしまったのだが(笑)。しかし、順調に卒業していれば生活クラブに入職することはなかったと思うので、その意味ではおかげ様である。

 当時、ご主人の藤本敏夫さんが日本キューバ文化交流協会(キューバ研)という団体の事務局長をしており、たまたま私がそこに出入りするようになって藤本さんと知り合ったことから、登紀子さんの運転手をするになった。キューバ研の代表者は山本満喜子さん、先日最終回を迎えた「坂の上の雲」で石坂浩二が演じた当時海軍大臣、山本権兵衛の孫娘だ。満喜子さんの波乱万丈の人生は、ネットで調べるとよくわかる。ナチスの海軍将校と大恋愛をして、将校は潜水艦を1隻盗んでアルゼンチンで満喜子さんと合流、一子をもうけるも離婚、その後は、タンゴに魅せられて世界的なダンサーになる。キューバのカストロやゲバラにも可愛がられたという。お爺さんも海軍少尉時代にお茶屋の女中と駆け落ちしたというから、そういう血が流れていたのかもしれない。

 キューバ研は、キューバへのサトウキビ狩りボランティア隊の窓口になった組織だった。

 ほろ酔いコンサートは、観衆に日本酒(もちろん「大関」)が振る舞われるというコンサートで、最初の何回かは日劇ミュージックホールで開催された。いわゆるストリップ劇場である。当時は、独特の隠微な雰囲気が醸し出されるコンサートだった。

 そして今日は、妻が特養八街のクリスマスディスプレーの片づけに。すでに辻口くんがかなり片づけてくれており、楽にすますことができたようだ。辻口くん、ありがとう。

 正月飾りは30日にやることにしているので、今日は花入れはしなかった。風の杜にわずかに枯れずに残った花をエレベーター前に生けてきた。

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赤い実は南天、白いほうもなんかの実らしいが名前はわからないとのこと。