2012.02.10

弱者の居場所がない社会

 講談社現代新書から、「弱者の居場所がない社会 貧困・格差と社会的包摂」(阿部彩著)が出版された。阿部彩氏の本を読むのは、「子どもの貧困」(岩波新書)以来、2冊目になる。いずれも、彼女の叔母でわらしこ保育園創立者の一人、Kさんからのプレゼントだ。

 筆者自身が2003年に行なった面白い調査結果が紹介されている。 「現代の日本社会において、ある家庭がふつうに生活するためには、最小限度どのようなものが必要か」という調査だ。面白いのは、同様に行なわれたイギリスやオーストラリアの結果との違いだ。例えば、日本の調査では「医者にかかれること」が「絶対に必要だ」と答えた率は、全項目の中で最も高く89%だが、オーストラリアでは 「医療サービス」を必需品とする率が99.9%、日本では「冷房・暖房」が67%なのに対してオーストラリアでは「暖房」が 89%、またイギリスで「結婚式や葬式への出席」に80%の支持があるが、日本では「親類の冠婚葬祭への出席」は60%、同じく、イギリスで「就職の面接のための衣服」が69%なのに対して、日本で「就職・仕事用のスーツ」は49%などの差が生じている。特に差が大きいのが子どもの必需品に関するもので、イギリスで55%の支持を得た自転車が日本では20.9%、誕生日のお祝いは、イギリスで93%、日本では35.8%だったという。

 日本で、実際に子どもに自転車を与えている子どもの割合は87%、誕生日のお祝いをあげている割合は95%、自分の子どもにほぼ100%与えているものでも、他の子が(貧しさゆえに)手にできないことは「いたしかたない」と考えるのが日本人の特徴と言って良いだろう。

 著者は、この要因を、一つには、日本人に(貧困、格差等の)「自己責任論」が根強いこととともに、「清貧の思想」が背景にあるのではないかと分析する。確かに、この国には、物質的な豊かさに浸りながら、清貧を理想とする意識がないとは言えない。

 しかし、現実にはモノに囲まれた生活をしながら、一方で、それが手に入らない人との格差を「やむを得ないもの」とする考え方は、自己責任論とともに、嫉妬やねたみ、羨望の裏返し感情からくるのではないか。こうした屈折した感情が、例えば生活保護制度、被生活保護者への見かたに反映してくるだろう。

 貧困、格差は確実に増加しており、震災被災者も含めて、さらに増加を続けていくだろう。それは、貧困の側にいる人のみならず、すべての国民をむしばんでいく。孤立を深める人たちを、同じ国民として「社会的包摂」することができなければ、そのつけは私たち全員に降りかかってくるのだ。著者は社会的包摂を「社会のユニバーサルデザイン化」と呼んで、提唱している。ユニバーサル就労、ユニバーサル農業などを通じて、ユニバーサルな地域社会づくりを目指す私としては我が意を得たりだ。

 是非、ご一読を。