2012.02.15

無題

  生来の面倒くさがりだ。とにかく出来れば何もしないで日がな一日、ゴロゴロしてテレビでも見ているのが一番。テレビが無上に好きというより、他の何より体を動かさなくて済むのが良いのだ。お風呂は2日に1回、それも朝、出勤前にシャワー浴で済ます。朝シャワーが好きなわけではない。2日に1回というのは、それ以上入らないと頭も体もかゆくなるし、さすがに社会人としてギリギリの線だと思うので、やむを得ず入るにすぎない。前日の夜にゆっくり湯船につかればどんなにか気持ちが良いだろうことは重々知っているが、服を脱いで浴室に行くのが面倒、だからこれ以上は延ばせないギリギリの朝に入るのだ。

 以前、このブログに書いたことがあるが、子どもの頃、勉強が嫌い、学校に行くのが面倒、朝起きるのがつらい毎日を送っていたが、大学を卒業するまでの辛抱だと自分に言い聞かせていた。ところが、ある日、大学を出ると、就職して働かなければならないことに気付き、愕然とした。学生生活というのは、まだ楽なのであって、学校を卒業してから、毎朝早起きして丸1日仕事をする生活が40年以上も続くのだということを知り、目の前が真っ暗になったことを鮮明に覚えている。「何だ、ほとんど一生楽が出来ないじゃないか」と世の不条理が許せないと思った。

 その私が、かれこれ41年、とにもかくにも、仕事を続けてきた。これは奇跡と言わざるを得ない。今でも、起きるのがつらい朝は、「ああ、もしこのままコロっと死ねば、こんなつらい思いをしなくて済むのだなあ」などと半分本気で考えながら、どっこいしょと体を持ち上げる。

 そして生きてる限り、週3~4回の人工透析を続けなければならないのだ。週1回は、人口膀胱、人工肛門のパウチ交換、そして脚力が衰え、杖をついても歩くのがかなりしんどい。ただでさえ、何もかもが面倒くさい私に、ずいぶんと手間がかかることを強いるものだと、うらめしくなるが、やめるわけにいかないからしょうがない。

 そんなに面倒なら、年も61になったことだし、そろそろ引退すればと言われそうだが、これがそうはいかないのだ。すべてが面倒くさいくせに、やりたいことは一向に減らない。それに、なぜか、とにかく起きてしまえば、仕事は夜まで続いても面倒とは思わないのだ。暇なことは逆につらい。ただのワーカホリックということか。