2012.03.23

生活クラブと私19 介護事業の開始とケアグループ

 生協が直営の介護事業を行うのは、生活クラブ生協千葉が全国で初めてのことであったが、以前から、全国の生協では「たすけあいの会」活動を積極的に行っていた。たすけあいの会とは、生協組合員有志による生活支援活動グループのことである。生活支援の内容は掃除、洗濯、食事作りから買い物代行、子守り、犬の散歩まで多岐にわたっていた。生協はその活動を物心両面で支えていたのだった。(介護保険制度が導入された2000年以降、たすけあいの会が行ってきた活動内容の一部が保険対象になったこともあり、一時、活動量が停滞した時期もあったが、地域包括ケアシステムの中で、保険によらない生活支援サービスの重要性が叫ばれるようになり、たすけあいの会の存在があらためて注目を浴びている)

 これに対して、生活クラブグループでは「たすけあいワーカーズ」と名付けたワーカーズコレクティブ方式によるたすけあい活動が提唱され、東京、神奈川、千葉の生活クラブを中心に、雨後のタケノコのようにたすけあいワーカーズが出来ていった。東京や神奈川は、たすけあいワーカーズの活動を通して、地域の福祉、介護にかかわっていくことが基本方針だったのだ。

 たすけあいネットワーク事業を開始した1994年当時、千葉にも10のたすけあいワーカーズが活動しており、常識的に考えれば、千葉も東京、神奈川同様、たすけあいワーカーズ方式で進むことが順当だっただろう。しかし、最終的に、私たちは「直営」路線を選択した。その理由は、確か以前にこのブログに書いたような気がするが、いずれにしろ、それを語りはじめると超大になりそうなので、やめることにする。

 そして提案したのが、「ケアグループ」方式である。ケアグループは、いわば組織内組織だ。行政区を基本に組合員有志によるケアグループを結成する。まずは設立総会を開催し、メンバーの互選で代表者を選ぶ。グループ規約も自分たちでつくる。しかし身分は生活クラブの職員になる。お金がないので、多くは代表者の自宅を事務所として使わせてもらった。ケアサービスやコーディネーターの業務に対しては時給を支給したが、代表者の活動をはじめ、膨大なシャドウワークが発生していた。職員としての身分保障と独立性の高いケアグループという組織の一員という、全く矛盾する要素を強引に両立させた、ハチャメチャ路線といって良いだろう。

 しかし、介護保険制度ができるのははるか先で、それまでに多くの行政区で事業基盤をつくっていこうとすると、これしかなかったと、今でも思う。99年までの7年間に22のケアグループができたが、代表者をはじめ、メンバーの人たちは、良く耐えてくれたと思う。今でも、毎月1回のケアグループ代表者会議での、何度とない侃々諤々の議論の場面をはっきりと思いだすことができる。ケアグループの活動がなければ、生活クラブ風の村の今はない。

 ケアグループで頑張ってくれた代表者、ケアワーカーの多くが、今も多くの事業所で職員として活躍してくれている。旧い同志だ。