2012.04.23

出版記念会と昨日の花

 今日は、夜に予定があるので、今、透析をしています。

 土曜、日曜に本部の引っ越しがありました。その関係でコンピューターシステムが一旦ダウンしたためにブログの作成ができなくなり、1週間ぶりの書き込みになってしまいました。

 そんなわけで少し前になりますが、金曜の夜に、生活クラブの創立者、岩根邦雄さんの新著「生活クラブという生き方 社会運動を事業にする思想」の出版記念会がありました。世田谷区経堂にある生活クラブ東京の本部地下ホールが会場です。

 私は、1971年11月に生活クラブ東京に就職したのですが、(以前にも書いたことがあるので詳細は述べませんが)、岩根さんとの出会いがなければ別の道を歩んでいたと思います。私は1970年に発刊された「月刊地域闘争」という雑誌の関東編集局の事務局員をしており、生協を特集するために生活クラブ東京の理事長、岩根さんにインタビューしたのです。理事長室の書架にはマルクスエンゲルス全集などが並んでおり、彼が熱っぽく語る生協運動論は血気盛んな学生だった私を興奮させました。インタビューをしたのが8月だったと思うので、3カ月後には生活クラブに就職していたことになります。

 私は、その後、反執行部の少数派労働組合の結成に参加して幹部になり、岩根さんと対峙したのですが、入職4年後に、その岩根さんから、千葉県で新しい生活クラブ作りが始まるので、その責任者として赴任してくれないかという誘いがありました。労組メンバーの了解を得たうえで千葉に着任したのが1976年4月、私を含めて3人の職員からの出発でした。

 そんなわけで、私が今あるのは岩根さんのおかげなのです。今年80歳になるという岩根さんは変わらず元気でした。「全然元気じゃないよ。病院通いだ」と言っていましたが、毒舌は相変わらずで、まだ当分あの世に行きそうにはありません。

 岩根さんが生活クラブの最高指導者であった60年代中ごろから80年代初頭にかけて、彼の理論とそれに基づく生活クラブの実践は、社会に対して大きなインパクトを与え、当時、生協組合員層であった団塊世代の女性、特に主婦層の大きな共感を得ました。

 しかし、それからすでに30年、団塊世代は今年から65歳に入り、多くが年金生活に入ります。この時代変化に対し、生活クラブが大切にしてきた理念、理論、実践の何を残し、何を変えなければならないのかが鋭く問われているのですが、如何せん、その作業が不十分ではないか、このままで生活クラブは次代の先導者たりえるのか、老爺心を募らせています。

さて、昨日の花です。

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めずらしく、花みずきを売っていました。それに花菖蒲とドラセナを加えました。今、街路樹の花みずきが満開ですよね。私は、中空に浮かぶように咲く花みずきが大好きです。

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カンパニュラ、グラジオラスの変種、先週使ったアリウム(ネギ坊主)

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撫子とブルーフラワー

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撫子、マトシカリア、スプレーバラ、レザーファン、先週使ったデルフィニューム