2012.05.18

生活クラブと私21 続 高齢者福祉施設「風の村」

 風の村の建設を準備した5年間は、福祉の素人が「自分が住みたいと思える施設を創る」という理念に基づいて、徹底して利用者の立場に立ってハード、ソフトを組み立てたことが幸いした。全国から注目される特養を創ることができたのは、徹底してこの理念にこだわり続けたからに他ならない。

 完成する半年くらい前からは、介護、看護、調理等の責任者も採用内定し、プロも議論に加わった。そして、完成、稼働してからは、素人の我々は日々の業務に口出しすべきではないから、現場に託すしかない。職員主導の新しい段階に入ったのだ。しかし、私は、現場にすべてを任せることが心配だった。はじめて特養の事業を行う場合、100人近い職員を新規採用し、、「いっせいのせい」でいきなり事業が始まる。過去に他の特養の施設長を経験したことがある人なら、人事マネージメントの面で戸惑うことはないかもしれないが、そうした経験がない場合、これは大変な業務になる。風の村の施設長は、特養経験はほとんどなく、おおぜいを率いる経験もなかったので、しばらくは私自身がかなり立ち入った口出しをしなければいけないだろうと考え、月1回開催される「経営会議」に出席することにした。現場はうっとうしかっただろうと思うが、背に腹は代えられない。

 一方、5年間、準備に参加してきた建設準備委員が中心になって、特養風の村を手と口と寄付で支えるボランティア組織「たすけあい倶楽部を支える会が結成された。生活クラブ生協組合員を中心に2000人を越える会員を擁し、手=ボランティア、口=オンブズパースン的役割、そしてお金で支えようという組織だ。たすけあい倶楽部とは当時の法人名である。(2004年に生活クラブに改称)

 お金の支援ももちろんだが、何よりありがたかったのは、ボランティアの目がたくさん入ることで、業務組織では入ってこない、現場のケア、生活実態に対する、素人の素朴な疑問、さらには怒りの情報が入ってくることだった。実際に入居者の生活が始まり、従来の集団的ケアの経験しかない人と新卒職員などの未経験者しかいないのだから、私たちが作ってきた理念、ケア方針が短期間に実現するとは、元より思っていない。2年間に、新卒以外のほとんどが辞めるという状況の中で、どうあがいても、やれることには限界がある。ボランティアとして実態を見て、怒りを感じる人たちに、もう少し時間を下さいとお願いすることも必要だった。

 ただ、重要なこと、そして決定的なことは、何ができいていないのか、なぜできていないのかと現状を分析し、いつまでにどこまでできるようにするのか、そのためにどういう方策を実施するのかという戦略、戦術をたてることができるか否かである。これが出来ないと、人が足りないとか、職員の技量が低いとか、辞める人が多いとかいう事実が言い訳として使われるようになり、理念の実現に向けたモティベーションは限りなく落ちていくのだ。こうなるとボランティア組織と職員組織の関係は、どんどん悪化していく。風の村は、完全に負のスパイラルに陥っていった。

 経営会議の席で、唖然とする事例が報告されたことがある。2年目くらいだったろうか。

 ある入居者から、クレームが寄せられた。職員が、トイレ介助の際に着けていたエプロンのままで食事介助を行うので、それはやめてほしいという訴えだった。それに対して、責任者は、「風の村は『もう一つの我が家』であり、つまり自宅である。自宅でトイレに行ったあとに食事をする場合、エプロンを変えたりしないから、自宅である風の村でも同じようにして良い」という見解を述べた。信じられない意見だった。風の村は限りなく「もう一つの我が家」を目指していきたい。しかし、血縁の家族と同じ家庭をつくることなど永遠にあり得ない。入居者の中には、同じ空間に長く暮らし、もう一つの家族的関係を感じ合う人が出てくることはあり得ないことではない。個室ユニットケアによってその可能性が広がったと言えるかもしれない。しかし、職員は断じて家族の一員ではない。専門性を駆使して、家族的空間をつくることに力を注ぎ、疲れ果てて「自分の家庭」に戻る人なのだ。入居者と自分を同一の生活空間を共有する家族とみなすなどということは、あってはならないことだ。風の村が「もう一つの我が家」だとしたら、職員はそこに訪問したヘルパーだ。一体、在宅のヘルパーが、トイレ介助で着けていたエプロンを着けたままで食事介助することなどあり得るか!?と、私は体を震わせて抗議したことを、今も覚えている。

 当時の風の村は、そんな状況だった。

 それから、長い、長い、改革に向けた試行錯誤が始まり、およそ10年、まだまだ改革の途上だが、職員は自分たちができていることと、できていないことを知り、短期、長期の目標を共有していると思う。だから、花入れの際などに、できていないことが見えても、(気にはなるが)、心配はしていない。