2012.06.22

気を取り直して「縁」について

先日消失したブログ原稿を、気を取り直して、もう一度書き直してみた。

 

 京都大学大学院教授佐伯啓思氏の「反・幸福論」を読んで、「縁」について考えた。と言ってもほとんど受け売りだが。

  西欧型近代合理主義を貫く理念は個人主義、自由主義、経済主義と言えよう。戦後、この国は戦勝国アメリカからもたらされた近代主義思想を丸飲みし、例えば血縁、地縁に基づく地域共同体(「田舎」)は個人の自由を束縛する悪弊として退けられた。折しも1960年代からの強度成長経済の波に乗って、地方から都市への大量の人口移動が起こり、地域共同体は思想的にだけではなく、実態としても長い時間をかけて崩壊を続けてきたのだった。

 確かに、「田舎」の生活はさまざまなわずらわしさを伴った。イエ、地域の伝統、風習、に従うことが求められ、不自由に満ちていた。しかし、その不自由を伴った「縁」は、生活のセーフティネットを形成してもいたのである。

 都市に移動した人たちは、血縁(イエ)、地縁から解放されたのだが、代わりに「社縁」というセーフティネットに守られることになった。年功序列、終身雇用という日本独自の雇用慣行が高度成長を支えた。西欧近代は「縁」からの脱却を理念としているとすれば、日本は、「社縁」という旧弊を温存したままで経済主義を突っ走ってきたことになる。

 しかし、その縁も、2回の渡るオイルショックを経て、90年のバブル崩壊によって、すっかり破たんすることになる。血縁、地縁を古き悪しきものとして積極的に捨て去り、代わりに社縁に頼ってきた都市住民は、ここに到って、無縁状態に置かれてしまったのだった。残る縁は、イエから切り離された家族、すなわち「核家族」だが、核家族は必然的に崩壊の運命をたどる。成人して自立した子は親元を離れ、高齢化した夫婦のどちらかが世を去れば独居世帯になる。つまり、核家族はもれなく解体の運命をたどるのだ。しかも、近年は、核家族の「縁」を結ぶことを望まず、お一人様の生き方を選ぶ人が増えている。

 「縁」とは不自由で、面倒なものだ。その不自由、面倒を引き受けることの反対給付として生活の保障が得られていたと言っても良い。と言っても、権利と義務という契約関係としてではなく、日常の「作法」として営まれてきたのだ。

 近代合理主義思想を無批判に受け入れ、「縁」を積極的に放棄してきたこの国が、「無縁社会」になったのは、必然であったと言えないだろうか。

 バブル崩壊以降、企業が社縁をかなぐり捨て、働く人を「モノ」化してきたのも、裏返しの必然と言えよう。高度成長を支えた終身雇用制は、経済成長の道具でしかなかった。90年以降の低成長時代に入って、企業は国際競争力を維持するために、労働者の権利に真っ先に手を付けた。非正規化、派遣労働の拡大によって、人件費を固定費から流動費に転換させたのだった。社縁を崩壊させて企業は生き延び、反対に、働くものは大きな痛手をこうむった。「無縁社会」は庶民を直撃し、相対的貧困率16%、子どもの貧困率15.7と、先進国中最低レベルにある。生活保護受給者は210万人を越え、今年から始まった全国規模のワンストップ電話相談には、毎日2万人の相談が寄せられているという。自殺者は10数年に渡って年間3万人を上回る。

 東日本大震災以後「絆」という言葉が多用されているが、私は「縁」のほうがどこかしっくりくる。縁を結ぶには、不自由さ、窮屈さ、面倒さを伴うこと、「無縁社会」を克服するには、それらを引き受ける覚悟が必要なことが、「絆」からは読み取りにくいからだ。

 「縁」を編み直していくことでしか、この国の未来はないだろう。西欧近代とは異なる、日本独特の伝統、意識、作法に基づく社会だ。血縁、地域縁、社縁、そして家族縁を失った特に都市部において、どういう縁結びができるのか。個々には、全国各地でさまざまな取り組みが行われており、成果をあげているのだが、それらはまだ点でしかない。我々福祉事業者の役割は、果てしなく大きい。