2012.07.06

生活クラブと私22 福祉事業の統合

 2004年、生活クラブ生協で実施してきた介護事業を社会福祉法人たすけあい倶楽部に移管し、合わせて法人名を社会福祉法人生活クラブと変更した。生協の介護事業の事業高が年々増え、また専門化していく中で、生協、社福がそれぞれ意思決定、執行機能を持っていることは、とても不自由であり、事業の全体像を把握できる人がほんの数人しかいないという状況になってきた。生協は特養の経営が出来ないので、社福に一本化するしかなかった。私としては、決して望ましい方向ではなかったのだが。

 2000年に社会福祉法が大改正され、介護福祉サービスの多くがいわゆる「措置から契約へ」移行した。生活クラブの事業はほぼ100%が介護保険制度に基づくものであり、2000年の法施行以後、株式会社を含むあらゆる法人が市場参入することになった。それまで社福は、国や地方自治体が行うべき事業を肩代わりして実施する唯一の法人であり、基本的に収益が出ないものとされてきた。行政が、事業に必要なコストを過不足なく社福に支給するのが建前だから、お金が残るはずがないということだ。(実際には多くの法人が多額の収益をあげており、古い法人は数億からそれ以上の内部留保を貯め込んできた法人が少なくない)

 しかし、介護保険事業に関してはすべての法人が事業を行い、社福以外はNPO法人等の非営利団体も含めて収益が出れば課税されるのだが、社福だけは非課税になる。これは明らかに不当であり、正当化される理由がない。当然各方面から批判が巻き起こっていた。そういう法人格で事業を行うことは潔くないという気持ちが非常に強かったのだ。実際、「何で社福なの?」と何人かから疑問、非難の言葉を頂戴した。しかし、特養を持っている限り、生協に一本化することは不可能だから、やむを得なかった。

 もし、社福法人を廃止するという動きが出てくるなら、私は反対しないだろう。しかし、社福制度が存続する限り、「なるほど生活クラブは、原則非課税という社福のアドバンテージを逆手に取り、地域福祉に貢献している。これなら非課税の意味がある」と言われるようなお金の使い方をしなければならないというのが、私の強い意思だった。2年前から開始した「地域福祉支援積立金」制度は、ようやくにしてその思いを実現したものだった。

 ともあれ、この年、私は28年間務めてきた常勤の専務理事、理事長から外れ、1年間、非常勤理事長を務めたあと、2005年5月をもって生協の役員を辞することになった。