2012.08.17

キリマンジャロの雪

 今年の夏休みに行なった唯一の文化的営みが、映画「キリマンジャロの雪」の観賞、岩波ホールで今のところ毎日午前11時から放映している。

 2011年のフランス映画、長く労働組合の委員長として活動してきた男とヘルパーをしている妻、その家族の日常を描いている。会社と組合が合意したリストラ策で20人の解雇者を抽選で選ぶことになり、委員長の特権で自分を外すことが可能だったが、彼はそれをせず、結果的に20人の一人になった。突然、毎日が日曜日になった彼と働く妻の気持ちのズレが広がろうというときに、強盗に押し入られる。そしてその犯人は、ともに解雇された若き組合員だった。

 時代設定は1990年代前半くらいだろうか。それは、ヨーロッパのみならず「北」側の人々が余裕を持った生活を営むことができた時代だ。彼は解雇されたが蓄えとそれなりの解雇手当で生活に困るわけではない。しかし、強盗を働いた若い労働者にとっては、再就職もままならず、解雇手当もほとんど出ない。この世代間の大きなギャップは、今日の世界的な構造不況に繋がっている。この映画の一つのテーマだ。犯人に面会に行った彼は、生活実態が異なる組合員に抽選という一見平等な手段で解雇者を決めた組合のやり方をこっぴどく罵られる。

 しかし、この夫婦は犯人と彼が養ってきた2人の弟に対して驚くべき決断をするのだった。

 舞台は、地中海に面する港町マルセイユ、監督のロベール=ゲディギャン自体がこの近くの港町で生まれ育ったそうで、多くの映画をマルセイユを舞台に製作している。実際、彼のこの町への愛情がにじみ出ており、人間性を育むのは街が放つオーラなのではないかと思わせる。そして、組合員どおしの家族を含めた日常のつながり、階級的な連帯感に支えられた古き良き時代の労働組合運動のあり方、組合幹部のあり方が郷愁をこめて描かれている。夫婦の決断を含めて、労働組合とは何のために必要だったのかを、あらためて思い起こすことができる。さらには、家族のつながりを通して、人間の幸せとは何かを巧まず、丹念に描いている。観ると幸せになる映画です。いい方を変えれば、この映画を見て幸せな気持ちになれる生活を営んでいる60代の私と、50%近い非正規雇用率に翻弄される現代日本の若者との世代間ギャップをどうするのか、鋭く問われているとも言えます。