2011.04.16

政治の貧困

 想定外の大災害に対する政権の対応力を正当に評価することは難しい。こうした事態が起きるとできていることよりできていないことが目立つものだと思う。だから、政権批判は慎重なほうがよいと私は思っている。可能な限り官民、与野党が団結して復旧、復興にエネルギーを集中すべきだと思うから。首相に求められているのは、その為のある種のカリスマ性だろう。安心感、どっしり感と言ってもよい。

 しかし、この言葉の軽さはどうだ。「原発被災地域に10年、20年住めなくなるだろう」と言ったとか言わないとかが大問題になっている。総理が言っていないなら、松本参与は当初嘘を言ったことになり、それなら即罷免でしょう。

 菅総理の言葉の軽さは今に始まったことではない。というより、民主党政権ができて以来、鳩山前総理も度重なる軽口の連続だった。「首相を辞めたら政治家を引退する」という覚悟の発言も簡単に反故にされ、今や与党内で政局づくりの主役の一人になっている。

 そして、民主党最大の実力者、小沢一郎氏は、菅政権を批判し、不信任案同調をちらつかせ始めた。

 今や、民主党は政党の体を成しておらず、菅総理はまっとうなリーダーシップをまったく果たせていない。この国最大の非常時にである。

 被災者の人たちは勿論、この大災害にそれぞれが自分のできることを懸命に模索し、実行している人たちすべてにとって、これほど情けないことはない。

 元々辞める気のない菅さんだ。今辞めれば、震災前逃亡と烙印を押されることになるわけで、絶対にそれはないだろう。かといって、不信任案を可決して解散されたら、大きな政治空白を招く。しかし、彼が総辞職の道を選択する可能性も少ない。

 完全に袋小路に入ってしまっているように思える。被災地の現状とのギャップに胸が詰まる。