2012.10.26

無題

 透析中、終了までおよそ1時間です。透析中はだれにも邪魔されずに仕事ができるので、結構はかどります。この1週間に2本の依頼原稿を書き上げましたが、それも透析中でした。パソコンのキーボードは片手でしかたたけないので超スローモードですが、得難い時間なのです。それでも、ときどき、週3~4回の透析はこの先一生続けねばならないのだと思うと、耐えがたく憂鬱になることがあります。どうしてこんな目に遭わなければならないのかなどと考えたりします。

 どうして?それは二分脊椎症という先天性障害を持って生まれたからにほかなりません。前に書いたことがあったと思いますが、子どもの頃は頻繁におしっこやうんちを漏らす子で、母に家の裏の井戸水でお尻を洗われ、そのたびに叩かれることが何度となくありました。二分脊椎症は、一見して異常とわかる症状で生まれることが多いのですが、私の場合は、お尻の少し上にえくぼのようなへこみがある程度だったので、障がいとはわからず、「だらしない子」だったのです。中学生になっても状況が変わらなかったので、さすがに親もこれは変だということになり、その後は、富山、金沢、東京といくつもの病院を回ることになりました。

 最初の大手術は大学に入った年に東大病院で。8か月間の入院中に、3回の手術を行ないました。人口膀胱をつくる手術です。尿が膀胱から腎臓に逆流するようになり、もう膀胱は使えないということになったのです。その後、30代で脊髄の障害部分の手術を2回、40歳で人工肛門の手術、最後が、4年前に行なった右腕に透析のためのシャントをつくる手術でした。

 まあ、良くここまで生きてきたね。少々のことは我慢しなければバチがあたるというものでしょう。週4回透析していますから、残りは3回、日曜は家で過ごすので、夜に予定を入れることができるのは週2日、火曜と木曜だけです。

 飲み会がずいぶん減りました。品行方正になったという意味で、これも前向きにとらえることにしているのですが、飲み会はともかく、仕事の日程調整が困難を極めて、苛つくことがどうしてもあります。「一生、この状況が続くのか」と。

 まあ、仕事を引退すればずいぶん暇になるのでしょうが、まだしばらくは、やらねばならないことがたくさんあります。そう思っているのは、自分だけかもしれないけれどね。