2011.05.06

節電

 原発事故による電力不足で、企業はもとより多くの家庭で自主的な節電が行なわれた。被災者の皆さんの整然とした震災対応に世界中が驚嘆したが、節電の浸透もこの国の人々の潜在力が表に出た例だと思う。

 我が家のつれあいは異常な寒がりなのだが、彼女も暖房を入れることを極力控えた。誰が見ているわけでもないが、ほとんどの家庭が電力消費を最小限にしたことと思う。

  夜の街は震災前とは比べものにならないほど暗くなった。ネオンの消えたコンビニやレストランはかなり近づかないと営業していることに気づかない。しかし、逆に言えば、近づけばわかるということでもある。暗い街といつもよりも照明を落とした店内の風景は、確かどこかで見たような気がして、それが北欧の夜に似ていることに気づいた。スウェーデンやデンマークは、けばけばしい街頭ネオンはほとんどなく、暗くしっとりした街並みだったと思う。その分、店内の明かりがとても温かい雰囲気を醸し出していた。

 震災後の街の暗さは、私たちにどんな不便ももたらさなかった。「これでいいし、このほうがいい」正直、そう思った。時間が立っていつの間にか元に戻っていることは何としても避けたい。

 東電は、計画停電を除いて、企業や家庭の自主的な取り組みによって、震災後の電力消費量がどれくらい減ったのかの、できるだけ正確なデータを公表してほしいと思う。どこまで努力すれば、どれだけの効果があるということが数値化されることで、これからの暮らしのあり方を人々が具体的にイメージできる。そのことが重要だ。

 震災が起きるまでの数十年間、政府は一貫して原発推進の世論誘導を図ってきたが、もうそれはできないだろう。させないように、私たちがしなければいけない。多くの人たちの共感を得るためには、原発のない暮らしの具体的な姿を誰もがイメージでき、「それならできる」と思えることが大切だ。これまで原発推進のお先棒を担いで、安全神話を撒き散らしてきた研究者には、是非ともこれに取り組んでもらいたい。