2011.05.25

生活クラブと私 11

 1986年5月、野田市議会議員選挙で田口いく子さんが当選した。これが、生活クラブが進めてきた「代理人運動」の千葉における開始だった。

 「代理人運動」とは、一言で言えば「台所の生活感覚を地方議会に反映させるために、議員を出していこう」という運動であり、主婦中心の組織としてはかなり大胆な方針だったと思う。実際、代理人運動に取り組もうという方針をめぐっては、かんかんがくがくの大議論が起こった。専務理事として方針を提起する立場の私自身もずいぶん悩んだ。大きな反発が予想されたし、実際そうなった。曰く「安全な食べ物を子どもに食べさせたくて加入しただけで、政治にかかわることなど嫌だ」「ただの主婦なのだから、選挙なんてやりたくない」「生協がやるべきことではない」

 生活クラブが地方議会に「代理人」を送り出そうと考えたのは、私たちの暮らしに身近な環境、福祉、まちづくりなどの問題を決めているのは議会だからだ。例えば合成洗剤は危険だからできればそれを売らないでほしいと思ったら、それを決めるのは議会だ。せっけんの利用推進を図る条例制定を求める直接請求運動のことは以前に紹介した。その運動は大きな成果をあげたが、年がら年中直接請求運動をやる訳にもいかない。だから、男ばかりの議会に生活感覚を吹きこまなければならない。そう考えた。当然、代理人候補者は基本的に女性で、ほぼ全員が生活クラブで活動してきた人だった。

 野田の成功から5年の間に、佐倉、浦安、柏、松戸、千葉、市原と相次いで代理人が誕生、現在は野田、市川、佐倉、船橋、四街道、千葉、市原、袖ケ浦、木更津、そして県議会に合計18人(違っていたらごめんなさい)の代理人がいる。

 ただ、先日の統一地方選挙では千葉市で現有勢力を大幅に減らす結果になり、同じく代理人運動に取り組んできた神奈川でも政令市、県議会では惨敗の結果に終わった。

 折しも、代理人運動と時間的にほぼ同じくらいの歴史を持つドイツ緑の党が、日本の原発事故後に行なわれたバーデン・ビュルテンベルク州議会選挙で、原発の安全性が最大の争点となる中、大躍進を遂げた。代理人運動も、脱原発の政策を一貫して堅持してきたのだが…
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 この違いは何なのか。代理人運動にかかわってきた人たちは、(私を含めて)しっかりと総括することが必要だ。