2011.05.29

細渕宗重さん、逝く

 ロザリオの聖母会理事長の細渕宗重さんが、今朝逝った。千葉県の福祉にとってあまりにもかけがえのない巨星だった。1年余り前に癌が見つかり、余命1年の宣告を受けたことを自ら公表し、残る時間のすべてを千葉の福祉の前進に捧げ、駆け抜けて行かれたのだった。5月5日に病院にお見舞いに行ったのが最後になった。

 細渕さんに出会ったのは9年ほど前になる。堂本暁子さんが千葉県知事に就任したのが2001年4月、「健康福祉千葉方式」と呼ばれた福祉改革が始まるのはその翌年のことだった。それまでのアリバイ的な県民参加とは全く異なり、高齢者計画、障害者計画、地域福祉計画など、福祉にかかわるすべての計画が、白紙の段階から県民自身が作成するように変わった。そして2003年から始まった千葉県地域福祉支援計画策定委員会でご一緒したのが最初だった。

 地域福祉支援計画で打ち出された諸政策のうち、今も千葉県福祉の重要な資源として機能しているのが中核地域生活支援センターだ。県内13ヵ所に設置され、あらゆる分野の福祉相談に24時間365日対応している。千葉県独自の制度であり、他県の福祉関係者からうらやましがられている制度だ。細渕さんは、中核地域生活支援センター連絡協議会会長として、13か所のセンターを巡回し、センター業務の質を高めるために奔走してきた。「千葉県に中核センターがあることは県民にとってとても重要なことだ。しかし、日々スキルアップを図らねば県民の要望に応えられない」と、私たちを叱咤激励し、信じられないフットワークで各地に顔を出してくれた。

 細渕さんとロザリオの聖母会の活動は、とても追いつくことができない永遠の目標だった。見舞いに行った病床で、元気な頃の恰幅からは想像もできない痩せたお体にもかかわらず、千葉県の福祉の今後の課題について熱い思いを語って下さった。職員に、「自分の最後の仕事は高齢者福祉だ。徹底して在宅高齢者を支える仕組みを作るよう指示している」と話された。この分野で仕事をしてきた私には気持ちを掻き立てられる刺激的な話で、生活クラブ風の村の事業のあり方についてもいろいろと考えさせられた。

 ついに逝ってしまった。もう、あの大きな声と豪快な笑い声を聞くことはできない。千葉の福祉にとってあまりにも大きな損失をどのように埋めれば良いのだろうか。

 心からご冥福を祈ります。