2011.07.08

今朝の朝日の「記者有論」

 「あの時に止まった時間と、今生きている時間。体の中に二つの時計があって、広がる落差に悲しみは深まる一方なんです」

 その記事は、10年前に大阪池田小学校で起きた悲惨な事件で娘を失った母親の言葉で始まる。別の父親は、仕事中でも、車の運転中でも、娘のことを考えて意識が沈み、海におぼれるような感覚になることがあるという。

 一方で、父親は中高生を対象に「命の教育」と題した講演をするようになり、母親は、傾聴と歌と朗読で傷ついた人の心を癒すNPO法人を立ち上げ、別の母親はヘルパー2級の資格をとって、障害のある子どもたちの訪問介護を始めたという。毎回、「少しでも生きる手助けになれば」と念じつつ。

この記事を読んで私が思い浮かべたのは、生活クラブ風の村で働く一人ひとりの職員の顔だった。先日の全体研修では、2日間で800人を越える職員が一堂に会した。その人たちには、それぞれにかけがえのない人生があり、深い悲しみを背負って懸命に生きている人もいる。実は800人などという人数には何の価値もなく、一人ひとりにとって意味のある職場であるかどうかが重要なのだ。そんな当たり前のことを思い起こしたのだ。

 生活クラブは、働きたいのに働きにくい人を職場に迎え入れるユニバーサル就労を進めている。究極の目標は、誰にとっても働きやすい職場を作ることだ。画一的な職場の規則に個人を合わせるのではなく、できる限り個人の事情に合わせる職場にしたい。ユニバーサルな職場とはそういうことだ。

 生活クラブ風の村の職員は1000人を越えた。1000通りのその人だけの人生に思いをはせることができる職場でありたい。