2011.08.08

脱原発について

 今朝の朝日新聞によると、世論調査の結果、次の政権にも菅総理の「脱原発」の方針を継承してほしいという意見が70%に達したとのことだ。菅総理の発言を指示する人も、確か60%を上回っていた。支持率が14%と最低を更新した超不人気政権にも関わらずだ。「脱原発」は今や国民的コンセンサスと言ってよい。

 私は日曜の朝、予定がない時はTBSのサンデーモーニングを視る。原発問題での発言でもっとも違和感を感じるのは、寺島実郎氏だ。彼は、やらせメールなどの「さまつ」な問題を過剰報道するより、今こそ科学的な知見で原発の安全利用について研究し世界に発信することこそ、被曝国の責任だという。一見、もっともらしく聞こえるが、3.11とは私たちにとって何であったかの根本がわかっていないと思う。

 朝日新聞の土曜日の天声人語に私は深く同意する。子は、「脱原発」こそ「フクシマ」を経験したこの国の責任ではないかという。

 思い出してみよう。ヒロシマ、ナガサキを経験した我が国は、非核=反原爆という国家的選択をした。アメリカの核の傘に守られての反核という矛盾を抱えているとはいえ、とにかく非核3原則を国是とした。これは「科学的」「論理的」選択だろうか。決してそうではない。情緒的選択と言ってもよいだろう。おおぜいの犠牲を伴った被爆国だからこそ、国民は核の廃絶を求める。その情緒こそが、真の普遍性に繋がるのだと思う。寺島氏の発言は、国際的な軍事戦略上必要であれば、被爆国という情緒に流されないで、核保有を真剣に考えるべきという論理につながる。

 フクシマを経験した国だからこそ、原発に頼らないエネルギー政策を選択すべきだ。既に、ドイツ、イタリア、スイスなど、その道を歩み始めた仲間がいる。これらの国と連携を深めて、再生可能エネルギーによるエネルギー自給をめざすべきだ。日本はその分野の最先端の技術を持っている。