2011.09.12

昨日の花、ついでに「砂の器」について

 只今透析中。おそらく来週から、ついに自宅透析が始まる。

 昨日、一昨日と2夜連続で松本清張原作の「砂の器」が放映された。主演の吉村刑事を演じた玉木宏には、いささか荷が重すぎたのではないか。「のだめカンタービレ」ではいい味出している玉木だが、空襲で妹を見殺しにした過去を引きずる屈折した人物像を描ききったようには思えない。

 しかし、言いたいのはそのことではない。もう一人の主役そして犯人の和賀英良(本浦秀夫)は、父の存在が知られることを恐れて、恩人を殺したのだが、それは父がハンセン氏病に罹っていたからだった。そのため、父子は郷里を追われ、放浪生活を余儀なくされたのだ。作曲家として大成しつつある和賀にとって、自分の過去を知られることは何としても許せなかったのだ。

 私は、父子の放浪の理由がハンセン氏病であることは、この物語(小説)の根幹をなすと思っている。私自身、砂の器は、ハンセン氏病に関心を持つ一つのきっかけになった。しかし、今回は、父が殺人の嫌疑をかけられ、やむなく郷里を逃げ出すというストーリーに変わっていた。

 確かに、1974年に映画化された際、ハンセン氏病患者協議会(当時)が、差別を助長することになるとして製作中止を要請するということがあったらしい。しかし、協議の末、最終的には「ハンセン氏病は、医学の進歩により特効薬もあり、現在では完全に回復し、社会復帰が続いている。それを拒むものは、まだ根強く残っている非科学的な偏見と差別のみであり、本浦千代吉のような患者はもうどこにもいない」という字幕を映画のラストに流すことを条件に、上映が決まった。(wikipediaより)

 その頃と比べると、当事者を中心にした苦しい闘いを経て、ハンセン氏病政策は大きく前進した。国民の認識もずいぶん変わってきた。もちろん、まだまだ差別は残るし、課題のすべてが解決したわけではない。しかし、テレビ放映に渡って、「ハンセン氏病」をストーリーから外して改ざんしたことに、私は大きな疑問がある。クレームがつくことを恐れた「自粛」ということなのだろうか。

 松本清張が生きていたら、何と言うだろうか。あれは決して「砂の器」ではない。

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百合(LAリリーとかいう新種だそうな。)、グルリオサ、雪柳

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トルコキキョウ、グロリオサ、先週使ったレッドウィロー、葉っぱは難しい名前だったので忘れてしまった。

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カーネーションと夕霧草

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トルコキキョウ、カーネーション、吾亦紅です。