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STORY01 風の村ができるまで STORY02 私たちが大切にしていること

風の村ができるまで

「自分が住みたいと思える施設をつくる」

風の村の始まりは、1995年にさかのぼります。
生活クラブ虹の街の研修施設「風のロッジ」が千葉県八街市にありました。
ある日、風のロッジの周辺に保育園や高齢者福祉施設など多世代が交流する「福祉ビレッジ」をつくりたい!という夢を語ったところ、風のロッジの地主さんが「ぜひやろう!」というのです。この方が土地を用意してくれることになり、「福祉ビレッジ」の第一歩、高齢者福祉施設「風の村」構想が船出しました。
そのときのキャッチフレーズが「自分が住みたいと思える施設をつくる」です。
完成した特養ホーム八街のパンフレットには、今でも「もうひとつの我が家」というフレーズが記され、その想いが大切に引き継がれています。

「風の村」の由来

「風の村」は、実はもともと、今の「風のロッジ」の名前でした。
「風のロッジ」は生活クラブ虹の街の研修施設でしたが、保養施設として宿泊利用されたり、コンサートなどさまざまなイベントが開催されたりしていました。
全国各地から(国内だけでなく海外からも)多くの人がそれぞれの想いをもって風のように訪れ、また去っていく、そんな場所でありたいという想いを込められたネーミングでした。
高齢者福祉施設の準備が進み、いよいよ名前を決めることになり、この「風の村」の名前を高齢者福祉施設に使おうということになったのです。
「風のロッジ」はいま、保養施設としては使われていませんが、さまざまなイベントで使われたり、放課後等デイサービス事業を行う地元のNPO法人に貸し出されたりしています。最近では、福島の生活クラブの子どもたちを招待して行われる保養イベントの宿泊地としても利用されました。
「風」は、懐かしさ、優しさ、美しさ、力強さ、遠大さ、そして寂しさや物悲しさなど、さまざまに入り混じった感情を呼び起こす不思議な魅力をたたえた言葉です。

目の前にいる「困っている人」のために

2004年、生活クラブ虹の街でおこなっていた訪問介護事業所や居宅介護支援事業所、在宅介護支援センターやデイサービス等の事業を、生活クラブ風の村に移管しました。
これにより、高齢者介護事業の幅が在宅から施設まで大きく広がりました。
時を同じくして、生活クラブ虹の街の組合員を中心として運営されていた「ワーカーズコレクティブ子どもの家わらしこ」が、認可保育園を目指して保育理念の共有できる法人を探しており、風の村はこの保育事業を引き継ぎました。この年に新しくできた園舎は、園庭に面して広くとられた木枠の大きなガラス戸を開けると、風が入り、園庭の木々が揺れ、空を漂う雲の流れが目に入ります。

また、2007年には、1998年より印旛・佐倉地域で障がい児者の放課後活動の場を提供していた「NPO法人あかとんぼ福祉会」の運営する放課後等デイサービスや授産施設(当時)の事業を引き継ぎました。佐倉市に高齢者福祉と医療の複合施設「生活クラブ風の村さくら」を新設するにあたり、それまで地元に密着して活動を続けてきていたあかとんぼ福祉会に協力を仰いだのが始まりでした。
さらに、2013年には、重症心身障がい者の通所施設「生活クラブ風の村重心通所さくら」をオープンしましたが、これは、重症心身障がい児者の保護者による当事者団体「さくらクローバーの会」から、子どもが特別支援学校を卒業したあと、日中安心して過ごせる場所をつくってほしいという要望から実現した施設です。

2013年には、児童養護施設「はぐくみの杜」も走り出しました。これまで自立支援ホームとして、児童養護施設を退所した子どもたちの居場所となり再出発を応援してきたホーム長を施設長にむかえ、「施設ではなく家をつくる」をコンセプトにした子どもたちの生活を大切にしています。

高齢者福祉の分野では、地域包括ケアの実現のため、事業所の複合化を進め、さらに幅広く、目の前にいる「困っている人」を支えきることを目指しています。

こうして、高齢者介護から出発した生活クラブ風の村は、さまざまな出会いにより、他分野の事業に取り組むことになりました。
風の村には今日も新しい風が吹き続けています。

1995年に風の村が考えた「福祉ビレッジ」の構想図(イラスト右半分)と、2016年描きくわえた未来地図