2018.06.29

入院雑感

ぼくが最初に入院したのは、高校1年の時、1966年だった。この時は2ヶ月、次は大学に入った年、1969年の6月から翌年の2月までの8ヶ月間、東大病院の、いずれも4人部屋だった。

この頃、起床時刻6時を過ぎると、看護師さんは、おはようございますの掛け声とともに、各ベッドのカーテンを開け放し、ぼくらはそれになんの疑問も持たずに従い、同室者とあいさつを交わし合った。それから20年経った1990年頃から数年の間に、3~4回、入院を繰り返したが、その頃にはだいぶ様子が違っていて、男性の部屋では、基本、一日中カーテンを閉める人が出てきた。4人部屋のうち2人はそうだが、残る2人は開け放しているというような風景。しかし、女性の部屋はまだ、ほとんど開け放してあり、同室者どおしで、楽しく会話をしている様子がよく見られた。

その後も平均すると45年に一回くらいは入院を繰り返してきて、今月3年ぶりの入院、今回、男女の区別なく、すべての4人部屋のカーテンは、日中もかたく閉じられていた。半世紀前とは隔世の感がある。

人付き合いのありかたは、時代とともに大きく変わる。特養の多床室が「和気あいあい」の場所ではないことは、20年まえに、すでに、故外山義さんが証明したが、例外なくカーテンを閉め切り、同室者とのコミュニケーションを全く望まない人たちが、多床室特養でどんなにストレスフルな毎日を送っているのだろうと、あらためて思いをはせた次第。

もちろん、最近はプライバシーに配慮した、個室とあまり変わらない4人部屋が増えているという。是非、見学したいと思い、良い施設を探している。

 

ところで、大学に入った年の入院時、隣室には東大医学部在学中にプールで後頭部を打ち、首から下が動かなくなって、医学科から保健科に移籍し、お母さんの介助で大学を卒業したAKさんがいた。毎日隣室に出かけ、将棋に興じた(駒を動かすのは、ぼくの役割)ことが、懐かしく思い出される。AKさんは、その後福島県の大学に就職した。元気で生き続けているだろうか。会いたいなあ。

 

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