2019.04.11

公立福生病院の件は、「事件」と言わざるを得ません。

以下は、すべて、4月10日の毎日新聞朝刊の記事をもとに書いています。

東京都の公立福生病院への調査によると、透析中止の選択をして亡くなった24人のうち21人から同意書を取っていなかったとのこと、病院関係者は、都にこれを「軽微な問題」と答えたと言います。また、昨年8月に亡くなった44歳の女性は死の前日の15日、治療中止の撤回を女性が何度も訴えたことがカルテに残されていたといいます。外科医や腎臓内科医、看護師らが訴えを聞いたが、医療チームで再確認する作業は行わなかったとのこと、となると、これは犯罪ではありませんか。司法の裁きが必要なケースだと、私は思います。

同紙には、40年間透析を続けている63歳女性のコメントが載っています。「透析導入は終末期」とすれば、彼女は23歳から、40年間、終末期を生き続けていることになります。先に、このブログで、一律に透析中止の選択肢を提示することは、自死を認めることだと書きました。これを安楽死というわけにはいかないと思うのです。自死は犯罪ではありません。しかし、自殺ほう助は犯罪です。国は自殺防止対策基本法を制定し、全国の自治体は自殺者を減らすために税金を投入していますが、生き死には本人の自由ということなら、これらは無駄なお金ということになります。

上記の女性は、「同意書がないなど、医師の対応が不十分だったのは明らかだ。まず医師は、患者に生きることを積極的に勧めるべきで、そのための選択肢を幅広く提示する必要があった」と言っています。その通りだと思います。ただ、それをしないで、透析をしないという選択肢を示すことは、「対応が不十分」というレベルを超えていると、私は思います。

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