2022.03.31

事業所広報誌紙紹介(ウクライナ侵攻に関連して)

生活クラブ風の村重心通所さくらの事業所広報紙の記事「歩きながら考える」を紹介します。

 

けしてあらそってはならない

 私は中学生のときから、初詣など神社仏閣に行ったときは「世界が平和でありますように」と祈り続けています。しかし、ちっとも世界は平和になりません。人間の争いごとはあまりにもたくさんありすぎて、神様に千本の手があっても間に合わないのかもしれません。

 争いごとや「いさかい」は、日々いろいろな形で起こります。しかし、特に国家による武力紛争=戦争はたくさんの人たちを巻き込んでしまいます。しかもその国家や組織に所属している人の多くが望んでいなくても、戦争は起こすことができてしまう。そのとき、その国家や組織に所属しているかどうかでレッテルを貼り、「○○人」は悪い人たちだ、と決めつけてしまうと、憎悪が増幅されて争いの円環がますます大きくなり、切れなくなっていってしまいます。

 争いの中で、得する人もいるのかもしれません。でもほとんどの人が傷つき、痛みを感じ、かなしみを背負います。中でも最も影響を受ける人はだれでしょう。障がい者、高齢者、幼児、あるいは女性…、社会的弱者と言われる人たちです。大きな紛争が近くで起きても、すぐには逃げられません。社会的な支援が途切れてしまえば、生きることすらできなくなってしまいます。

 「重症心身障害者を守る会」には「守る会の三原則」というものがあります。その一つ目が「決して争ってはいけない ~争いの中に、弱いものの生きる場はない」。この言葉は、親の会の活動を通じて紡ぎ出されていったものです。最も重い障がいがあり、最も弱い立場にある重症心身障害児者が、その親たちに教えた言葉である、と言うこともできるでしょう。

 だから、重心さくらでもこの原則を大事にしたい。まずは日々の自分の周りで、人を決めつけたり憎んだりしないように気を付けなくては。ぐっと手を握り拳にしたくなるときもあるけど、そんなときこそ指を開こう。対話が解決に結びつくとは限らず、わかり合うことは難しい。でも、わかり合おうとすることはできるはず。そんなふうに私は考えます。

 けしてあらそってはならない。世界が平和でありますように。

 <重症心身障害児者を守る会 三原則>

一 決して争ってはいけない

  争いの中に弱いものの生きる場はない。

一 親個人はいかなる主義主張があっても重症児運動に参加する者は党派を超えること。

一 最も弱いものをひとりももれなく守る。